[堀江×トップランナー企業]経営視点での女性活躍推進

「この会社で働いて良かった」と思える社内環境をどう作るか。日本IBMの社長が自らに課す永遠のチャレンジとは。

公開日:2023.09.27更新日:2024.03.20sourire staff

女性活躍推進やダイバーシティ研修などを行うスリールの代表堀江敦子がDE&Iの先進企業の代表らにインタビューし、人材活用の悩み打開のヒントをお伝えする企画第一弾。日本IBMの山口明夫社長にお話を伺いました。

 

(右)日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長 山口 明夫 様
(左)スリール代表 堀江敦子

 

女性管理職増の鍵は情報共有 自ら選択できる環境に

堀江:私は経営と人事の現場、そして広報が三位一体となって人事政策を行なっていかない限り本質的には女性活躍の人的資本経営は変わっていかないと考えています。経営戦略として女性活躍を推進されることになったきっかけについてまずは教えていただけますか。

山口:IBMにはもともと、性別や人種、宗教に関係なく個人を尊重していこうという考え方がベースにあります。それは、多様な意見を取り入れ、新しいアイディアを共有しながら、新しい視点のもとでビジネスをやっていくことこそイノベーションを起こすきっかけになるからです。企業として持続的に成長するためにはイノベーションが不可欠。だから多様性の尊重は当然という論理です。

堀江:グローバルのIBMは創業時の1911年から100年以上、ダイバーシティに取り組んできました。1914年に障がい者雇用を開始、1935年には人種や性別による格差のない給与が設定され、1943年には初の女性副社長が登場していますね。

山口:世界中のIBMが力を入れて取り組んできた中で、日本でも1987年に育児休職の制度を発表するなど、さまざまな取り組みをしてきました。遅いように見えますが、プログラムの形にしたのがそのタイミングだっただけで、根底の考え方はもっと昔から日本の中にもありました。私が87年に入社した時にはすでに女性管理職の方もいらっしゃいました。

堀江:山口社長が入社されたあと、さまざまな試みや制度によって現場が変わってきたなと感じられたタイミングはありましたか。

山口:マーケット自体が変わってきたというのはあります。「我が社の担当は男性でお願いします」というようなことがなくなりましたよね。私が入社した頃はまだ、「あのお客様に女性のエンジニアを派遣するのはダメかな」という議論が行われていましたから。2000年を超えた頃からでしょうか。取引先を含めた社会全体が、「女性活躍を含め、ダイバーシティを推進していこう」という風潮になってきましたね

堀江:御社では2014年ごろから女性管理職比率が比較的順調に伸びていたものの、その後伸び悩んだと聞きました。女性の管理職就任を後押しするための「W50」という仕組みがあったと認識していますが、トップの目から見てどのようなものですか。

山口:女性社員がマネジメントや新しいチャレンジに移行したくないという本当の理由は何なのか。その原因を追求し、「何が不安なの?」「じゃあ、どういうことをみんなで考えていけばいいのかな」ということを、ただ本気で議論し、実際に管理職になった人の声を共有していった。その共有の試みにW50という名前を付けました。形式的に研修を行なって「マネジメントはこうなんですよ」と伝えたとしても、結果にはつながらなかったと思うんです。

堀江:研修ではなく経験の共有に主眼を置いたのですね。

山口:その通りです。大事にしたのは「管理職になるのが一番いいですよ」という無理強いを絶対にしないことでした。チャレンジしてみたいと思う人はチャレンジしてみればいい、というだけで、「これはあなたがマネジメントになるためのプログラムですから、絶対に不安を払拭してもらわなきゃいけないんです」みたいな話ではない。だから、いわゆる研修プログラムではない形にしました。管理職になった人の情報や経験の共有がなされないとその選択も難しくなります。なぜなら、知らないというのは怖いことですから。それは、女性だけでなく男性でも一緒。「マネジメント、僕嫌です」っていう人もいます。

堀江:山口社長ご自身も、エンジニアから、マネジメントに上がることに抵抗がおありになったと伺いました。

山口:エンジニアが好きだったし、元々リードするのが好きではなかったので、ある意味自分の殻を打ち破れていなかったのだろうと思います。

堀江:殻を打ち破れたのは何かきっかけがあったんでしょうか。

山口:自分の上司から「エンジニア以外の仕事をちょっと経験してみたら?」と言われて、「ああ、それならやってみるか」と思い、企画の方に異動したんです。やってみたら、みんなに教えてもらいながら、新しい仕事をすることが楽しかった。「ああ、これは食わず嫌いだったな」と思ったんです。そうしたら、数年後にマネジメントの話がきて、若い人たちが50人くらいいる部署だったので、活気があって楽しくて。その頃にはもう、マネジメントが、エンジニアが、とは考えなくなっていました。

堀江:男性の場合、管理職は「やれ」と言われたらやるものだと思っている方が多い一方、女性の場合は選択肢があるからこそ、情報が欲しいというところはあるのかもしれませんね。

 

前任者の「型」にとらわれない管理職像生む

山口:たとえば、育休から復帰した女性に、男性のマネジメントが「すごく重要なポジションに空きができたからやってみないか」と声をかけたところ、女性は「子どもがいるので」と答えた。マネジメントの次の答えは「そうだよねぇ」でした。話はそれで終わってしまいます。でも後からその女性に話を聞くと、その女性は「僕もサポートするから」という答えが欲しかったと。その思いは、マネジメント側はなかなか、わからないんです。

堀江:まさにそのケースでワークをすることがありまして、男性のマネジメントの方に、「3回背中を押してください」と伝えているんです。3回「大丈夫だから」と言って、初めて女性はチャレンジできる。

山口:それは、男性女性関係ないと思います。割合は少し下がったとしても、男性の中にも、本当はやってみたいと思うけれど、失敗した時のリスクを考えて「いやちょっと」ってなってしまう。そこで、「自分たちが責任持ってサポートするから」と言ったら「わかりました」となることもある。これは、人と人とのコミュニケーションですよね。選択できるから、しなければと思う時に、前に進む力が日本人は弱いと感じます。

堀江:本当にそうですよね。どの人にも背中を押してくれる存在がすごく重要だと思います。役員の方々、マネージャーの方々に、部下の背中を押すときにやってもらっていることはありますか。

山口:いろいろな人に新しいポジションをお願いするときに、「私はあんなふうにできない」という人がいます。マネジメントには、そういう時に、「前の人と同じことをその人に期待するのはやめてくれ」と伝えています。例えば、事業部長を打診したときに「私、あんなに頻繁に出張したり接待して、なんてできません」と言われたら、「そんなことを求めていないから」という感覚をちゃんと話してくださいと伝えています。「あなたはあなたのやり方で頑張ってやって、新しいスタイルを確立すればいい。あなたにしかできないことがある。それぞれみな違う」ということを伝えてほしいと。男性女性の違いだけでなく、人はライフサイクルの中で、ものすごく頑張って仕事ができる時期もあれば、できない時期もあるわけです。

堀江:マネジメント側にとっては前任者を基準にしたほうが評価が楽ですが、そうはしないということですね。多様な人材をマネジメントしていく上で、評価制度を変えられたりしましたか。

山口:7年前に相対評価をやめ、振り返りとフィードバックを中心とした評価の仕組みを採用しました。現在は、四半期に1度くらいマネージャーと社員間のオープンなディスカッションの場を設けています。ある社員はここまできたけど、これ以上はできなかった。ならどうすればいいのかを話し合います。もちろん、その人のビジネスの目標を達成できたかによって給与も変わったりしますが、「成績1番の人が何%アップ」というようなことはしない。みんなで、上手く行ってその結果給与が上がるという形にしなくてはいけない。

堀江:多様な人材に活躍してもらうための評価制度なのですね。

山口:はい、個人に焦点を当てた評価をしようとみんなで決めていきました。その結果、最近はミーティングも減りました。営業の報告のためだけの会議というのもなし。個人が目標に対して足りていないとすると、上司が「どうやったら私があなたを助けることができるか」と聞くようにしています。「なぜできないんだ」と問い詰めるような質問はタブーにしています。

堀江:それはなぜですか? タブーの「なぜ」を聞いてしまいましたが。

山口:目標に届かないのは、もちろん本人の能力や環境の問題もありますが、マネジメントがサポートできていないことも問題だからです。だから、日本IBMの目標が達成できていないなら、それは最終的に私の問題。私がみんなをサポートできていないということなんです。

堀江:相対評価からの制度改定という大きな変化の時というのは、みなさん大変さを感じやすいと思います。そのあたりで難しさはありましたか? また、どういう仕掛けで浸透させたのでしょうか。

山口:私も本当に何回も繰り返し社員にメッセージを出してきています。ラウンドテーブルもしていますし、私たちが一番重要と考えていることはこういうことだ、ということについてひたすら協議をしていますし、他のリーダーにも発言をしてもらっています。

 

「わからない」。社長が伝えることで誰もが意見出せる環境に

堀江:社内コミュニケーションはトップがまずお話をしつつ、管理職の方が実行して初めて社員の方に伝わる。社員の方は3回ぐらい聞かないと自分が聞いたと思わない傾向があるといわれます。

山口:それは、階層型の組織をイメージしているからそうなるのだと思います。当社は全社員がフラットだから、私が思っていることを毎日のようにSlackで直接発信していく。「こうやってお叱りをうけた」とか「こういう対応はダメですね」とか「こういう考え方が大事」とか。常に全社員が見ているんですよ。

堀江:Slackでいつも思っていることを共有されているということですか。

山口:そうです。まず、「なぜそれをやりたいか」ということを、ちゃんと説明するようにしています。「なぜ」がないと、いくら素敵なメッセージを出してもダメだよねと。でも、発信内容はしょうもないことも多いですよ。「今日たこ焼き食べてめっちゃうまかった」とか。そこに「リーダーというのはこうあるべきだと思う」とか「今日は役員の経営会議でこういうことを言った」とかを加えていく。もちろん、「なぜか」を説明しながら。それを全社員が見ているんです。

堀江:なるほど。社員に対して「なぜ」という質問はせず、企業としては全ての決定や行動の「なぜ」に答えていくと。これは、これまでの日本の企業の逆をなされているように感じます。その上で、山口社長の脳内をみなさんにインストールしていくみたいなことが、浸透させていく上ですごく重要ということでしょうか。

山口:トップが思っていることの等身大の情報を共有することで、安心につながると思うんです。これを、公式サイトなどで、「ダイバーシティ推進について」とか「社会情勢と政府の指針が」なんてかしこまって書いたところで、あまり読んでくれないですよね。それよりも「今日色々な人と話したら、すごくいい意見もらった」と書いてみる。その上で、「海外から来ている人は『日本人は変革なんてできない』と思っているかもしれないし、日本人は『日本のこと分かってないのに何言ってんだ』と思っているかもしれない。でも、まずはアンコンシャス・バイアス、先入観を取り除いて。最初はコミュニケーションが大変かもしれないけれど、一度話してみてよ。そしたら何かがそこから見つかるかも。」とかね。

堀江:素敵ですね。仕組みを作っていくというよりも、ご自身を自己開示しながら声を聞かせていくっていうことが一番かもしれないですね。

山口:仕組みよりも、個人対個人のコミュニケーションを重要視していくということですね。たとえば、障がい者雇用で入社した方とお話をしたのですが、「私は会社に入って初めて障害者手帳を持ちました。今まで障害者手帳を持つことが今まで嫌でした」って言われたんです。なぜなら、自分が障がい者だと認めてしまうことになるからということだったのですが、会社に入り、制度とか仕組みの関係で持つことになってしまったと。確かに、制度や仕組みの中で、その手続きは必要なことかもしれないのですが、個人としてその方を見たときに、障がい者かそうでないかというのは人がどこかで勝手に整理しているだけ。だから「人が決めた枠組みの中で自分がどっちに入ったということよりも、自分が今日より明日、明日より明後日、いかにいい仕事ができるかを考えて、頑張っていったらいいんじゃない?」という話をしたんです。

堀江:非常に共感します。そういう構造を作ってしまうことによって、女性であったり障がい者であったりという枠に当てはめてしまうことになりますよね。

山口:失われた30年の話とリンクしているなと思うのですが、2005年くらいまでは経済が伸びていて人口も増えていて、一括採用をし、皆同じ考え方で年次研修をやってきた。それで伸びてきたんです。それが人口が減ってきて市場が小さくなってきたらもっと多様性を認めて色々なことを変えていかなくてはならないというのに、変わってこなかった。だから、今、個を尊重する中でまさに新しいイノベーションを起こしていかないといけない。すごくいいタイミングだと思うんです。

堀江:山口社長のように柔軟なかたは前にどんどん進まれていると思いますが、まだそういった意識にならず、女性活躍の必要性が理解できないという話もあります。そういう方が意識変革していくために必要なこと、ポイントは何でしょうか。

山口:絶対に当人にしかわからないことがあります。たとえば、いくら私が頑張って女性活躍のためにプログラムを……と言っても、女性にしかわからないことがある。障がい者雇用といっても、絶対その人にしかわからないことがある。私は、3割もわかっていないと思うし、全部をわかることはできない。大切なのは、素直に「私にはわからないけれど」と伝えることで、その人たちがいろんな意見を出しやすい環境を生み出すことです。そして、お互いに意見を共有することが一番だと思います。そういう環境をいかに作るかということが、経営者の一番の仕事だと思っています。

堀江:女性活躍から派生して、他の社員にこういうことが出来始めた、というようなことはありますか。

山口:新しい働き方をどんどん追求していったことでしょうか。昔は、介護や育児などの理由がないと時短勤務ができなかったのを、特定の理由に限らずできるようにしました。働く場所もどこでも選べるようにしています。また、経験者採用については入社のときに性別や学歴は任意で、書かなくてもいいようにしています。

堀江:今まさに色々なことをやろうとされていると思うんですが、多様な人材を、と考えたときにこれからチャレンジしたいことはありますか。

山口:一人ひとりがもっと「この会社で働いて良かったな」と思ってもらえる環境をいかに作っていくか。これは永遠のチャレンジだと思っています。

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